生後8ヶ月

ベビーベッド編 トップへ

お花見に出かけた

東京多摩地区は、都心と比べて1週間ほど桜が遅いようです。
都心では散ってきたようですが、多摩地区では今週末が最後の見頃。
立川の、昭和記念公園へ行って来ました。
実家の両親も呼んで、公園最寄り駅で待ち合わせ。
電車で、ベビーカーに乗ってお出かけは正月以来。

初めてこの公園へ行きましたが、かなり良かったです。
ものすごく広いので、赤ちゃんとおじいちゃんおばあちゃんを交えて無理なく歩くため、
入り口近くの池に沿って、ぐるりと回りました。
それでも1時間半くらいかかった。

桜がきれいに咲いていましたが、チューリップやユキヤナギもたくさん咲いていました。
変わった品種のチューリップがたくさん。
赤ちゃんや犬連れの人(犬の運動広場がある)、
本気でお花見なのか、キャスターに飲物や食べ物を縛り付けてどっさり持ち込んでる人や、
カレー鍋を持ってきている人(バーベキュー施設がある。公園は5時に閉まるので、酔っぱらいも安心?)
三脚をつけて花の写真を撮っている人は本当にたくさんいました。
このところ、写メールで済ませている人ばかり見かけるので、
こうした本格的なカメラを使っている人を、久しぶりに大勢見かけました。

休憩できるポイントや、きれいなトイレ(おむつ替えシートあり)もたくさん。
カナエがもう少し大きくなったら、子供向けの大型遊具もあるし、プールもあるしで、
ずいぶん楽しめそうです。
今日のカナエが一番楽しんだのは、そこらへんで拾ってきた「ぺんぺん草」・・・
握ってしゃぶって離しません。
貧乏になっちゃうよ・・・?!

そのあと、自宅までおじいちゃんおばあちゃんといっしょに戻り、
遊んでもらいましたが、カナエは大興奮。
明らかに、おばあちゃんに遊んでもらっているときの方が、私と遊んでいるときよりも大はしゃぎ。
なぜだろう。
いつもの人だと飽きちゃうのかな。
寝返りして見せたりして、サービスしてる感じ。
結局、朝起きてから6時間も、昼寝なしで起き続けていました。

出産祝いにいただいた服ですが

出産祝いに、たくさん洋服をいただきました。
「産まれてすぐ」用はクリスマス頃まで大活躍。(本当は春先まで活躍して欲しかった・・・)
「一歳のお誕生日頃〜秋口まで」用は、すでにピッタリサイズになってしまいました。
長袖の服は、本当は1歳過ぎの秋に着せようと思っていましたが、
もう着せています。秋になったら着られなくなっているかもしれないから・・・

半袖の服は、少しでも暑くなったらジャンジャン着せるつもりです。
いただいた服は「サイズ80」がほとんど。
普通なら、1歳〜1歳半の適応サイズです。
しかしカナエは、いますでに身長が75センチを超えています。
一時ほど、ジャンジャン大きくなってはいませんが、それでもジリジリと大きくなっています。
夏まで、サイズ80で行けるように祈るばかり。

ズボンは、寝返りしたときに背後からはかせると、うまくはけます(夫の発見)

ヴィックス・ヴェボラップ

鼻と咳がどうも良くないので、ヴィックス・ヴェボラップを塗ってみました。
鼻にはものすごく効きました。
くしゃみのたびに、だらーんと出ていた鼻水が、すぐ止まり、
半日後にはくしゃみそのものも、ほぼ出なくなりました。
あとは咳か。
この5日間、風が強いのと、カナエの鼻咳が気になって外出させませんでしたが、
その反動で、昭和記念公園帰りは大はしゃぎだったのかもしれない。

もうすぐ生後9ヶ月、お母さんになって変わったこと

(1)化粧(スキンケア)をまるでしなくなった
  妊娠前は、朝晩とも、5〜6種類の化粧品を使っていた物ですが、
  今はベビーローションをカナエといっしょに塗るのみ。UVケアもなし。
  しかし、今の方が肌の調子がいいです。
  口や目の回りのかさつきも、Tゾーンの脂浮きも、ほとんどなくなりました。
(2)同じ服ばかり着ている・・・
  授乳服ばかりです。
  この冬は、とうとう毛糸の服(セーターなど)さえ着ませんでした。
(3)イソジンうがいをマメにしている。
  でも、この冬は、いつもの年より高熱を出したし、インフルエンザにもかかりました。
(4)ウンチ、オシッコ、ゲロに動じなくなった。
  ただし、赤ちゃんの物のみ。
(5)夢の中でも子育てをしている
(6)赤ちゃん言葉を使ってしまう
  職場復帰のあと、授業中、眠そうな生徒に向かって、「おねむでちゅかー」とか言いそう。


今頃、韓流ドラマ

「冬のソナタ」にはまったく興味が持てなかった。
ヨン様のような、唇がぽってりしたタイプはあまり・・・
ところが、今頃になって韓国製ドラマにはまってしまった。

「快傑春香」
月〜木曜、午後7時〜8時、東京MXテレビ。
ややマイナーな局の、早い時間のドラマ・・・
非常にわかりやすいキャラクターたちとストーリー。
カナエに離乳食を食べさせたあと、お座りで遊ばせながら見ている。
ドラマが終わる頃、夫が帰宅する。
カナエに向かって「うーん、わかりやすい悪役だねえ」「こんな男には引っかからないように」などと話している。
カナエは、わかったような顔をして画面を見ているときもあるし、
無視してくまちゃんと遊んでいるときもある。

子育て中だが、実はテレビやDVDは、けっこう見ている。中断するときも多いけど。
カナエと一緒に見ていたり、
寝かしつけてから、こっそり見たり、
ベッドの横に置いたテレビを、授乳しながら手鏡に映して見たりもする。
NHK教育の子ども番組も面白いけど、普通の番組もたまに見たいものです。

最近買ったDVDで気に入っているのは、「笑の大学」。
役所広司・稲垣吾郎主演。三谷幸喜原作。
公開時、ツワリで動けなくなって見逃しました。

今頃、英会話

NHKで、3ヶ月だけの英会話講座が始まったので、テキストを買ってきて見ている。
放送は夜11時すぎなので、ビデオに撮り、
カナエが昼寝した隙に見ている(1回20分)。
「栗原はるみの心を伝える英語」

カリスマ主婦(?)栗原さんの英語力は、私と同じくらいのようだ。
いきなりネイティブの中に混じると、笑顔が引きつり、
返事は全て「イエス」「ノー」で終わり、会話がふくらまない。
とても無愛想な印象を与えてしまう。
そんな会話を、もう少し愛想良く、弾んで盛り上げられるようにしましょう・・・という講座。
新たに教えてもらえる英文は、そんなに難しくない。
こういうフレーズが、必要なときにパッと出てくるといいんだろうなあ。

私は、英語が必要とされる場に出るときは、
前もって言うことを決めておき、むしろ「会話がふくらんでは困るなあ」とか思ってたりする。
そういう人は多いと思うんだけど・・・
相手が英語で言っていることは大体わかっているし、
日本語でなら、それに対して気の利いた答えが出来るのに。
知っている言葉の数と、愛想の良さ(コミュニケーション力?)のバランスがすごく悪い。
でも、そこから抜けないと、英語は上手にならないんでしょうね。

風邪ひきさん

カナエが、湿った咳をしている。
咳きこんで夜中に何度か目を覚ます。
サラサラの長〜い鼻水を垂らす。
熱はなく、とても元気で機嫌もいい。

鼻が詰まり気味のせいか、口を閉じてもぐもぐするのが難しいようで、
離乳食の食べっぷりも良くない。
離乳初期のような、水分が多くて噛まずに済むメニューに替えたけれど、イマイチだ。
足りないので授乳を頻繁にしているが、
もはやおっぱいでは、お腹いっぱいにならないんだろうなあ。

病院に行って、咳止めをもらえばすぐに止まるんだろうけど、
夫が会社を変わったばかりで、新しい保険証がない。
もちろん、保険証なしでも診てもらえることはもらえるんだけど、
そこまでして病院に行くほどでもないか、と迷ってしまう。
外は強い風が吹いているし。

そんなわけで、今は病院に行かず、
鼻水を拭いてやるだけ。
不思議なことに、鼻水を拭くと「いやーーー」とベソをかくくせに、
鼻水吸い取り器(スポイトのようなもの)で吸ってやると、
「うひゃ!」と大喜びだ。
でも、この吸い取り器、失敗すると鼻の粘膜を引っ張りそうで怖い。


スーパーでさらに緊張

売り場の通路を通るとき、商品からカナエを離して歩くのはすぐに出来るようになった。
しかし、レジを通ってから、さらに困ってしまった。
商品を自分で袋に詰めるための、あのテーブル。
下に、引き出し式のゴミ箱が仕込まれている。
カナエがそれを引っ張り出し、中身をあさっているではないか!!
やめてくれーーーーー

ゴミ箱が仕込まれていないテーブルに移動したら、
今度はテーブルのヘリを自分でつかんで、
ベビーカーを自走させて喜んでいる。
あぶなーーーい!!

落ち着いて買い物も出来なくなってしまった。
100%生協の宅配に頼るか・・・?


スーパーで緊張

この頃、カナエがかなり器用になった。
授乳していると、私の服のボタンを指先でいじっている。
何かの拍子に外れて、飲み込んでしまわないか心配。
お風呂では、お湯を張った洗面器を持ち上げてひっくり返すようになった。
このぐらい重いものが、もう持てるということ。
つま先にでも落としたら怪我をするだろう。

昨日は風が強かったので、おんぶして買い物に出かけた。
マイバッグ運動で、持参した肩掛けトートバッグに買った物を入れる。
ところがカナエは、おんぶされたまま手を伸ばし、
トートバッグからのぞいた食べ物を取り出してしまった。
一番上に乗せた、食パンの袋。がっちり握っている。
微妙に斜め後ろなので、私が取り上げようとしてもなかなか届かない。
どうにか取り上げたが、かなり不満そう。

今日は暖かいので、ベビーカーで出かけた。
本屋さんで、ひざくらいの高さに平積みされた本をつかんで、持ち上げてしまった。
「あんたまだ、読めないでしょう!」と取り上げたが、
もし私が気付くのが遅れて、床に落として傷物にしたら・・・・

食品売り場でも、かなりヒヤヒヤする。
リーフレタス、餃子、クッキー、カップスープ・・・
膝くらいの高さに積まれていて、赤ん坊の力で持ち上げられる重さの商品は、かなり多い。
これから、スーパーの通路を通るときは、
「ベビーカーが通れる幅か?」だけではなく、
「カナエの手が届かないか?」まで考えなくてはならない・・・

当分、食器売り場には近づけない。
ベビーカーには、もはやまっすぐおとなしく座ってなんかいない。


はじめての桜

桜がほぼ満開になったので(都心ではないので、少し遅れている)
近所の川縁にある、桜並木までベビーカーを押していった。
昨日までは強風だったが、今日は風もなく暖かい。
桜は本当にきれいだ。
カナエも、じっと見ている。
(そのうち、ベビーカーの足柵をしゃぶりはじめたので、わかってるのかわからないけど・・・)

はじめての桜。
きっと、カナエの記憶には残らない。
花ごと散ってきたのをいくつか拾って、押し花にしてみた。

この頃はよその子に反応するようになった。
今日は2歳くらいの女の子が、すれ違いざまに「赤ちゃんだ!」と声をかけてきた。
カナエは「へーうー! あーーー!」と声を上げている。
一応「こんにちはー」と言ったつもりか。

いい季節に、デジカメが壊れているのは残念だけども、
いっそ記録しない方が、自分の記憶に残って良いのかもしれない。
そういう考えで、うちではあえてビデオは撮っていない。
でも、「へーうー」の声は、ちょっと記録しておきたいと思った。

デジカメの修理費は13000円の見積もりだそうな。
修理してもらうことにした。新しいのは買わないよ。


デジカメが壊れた

旅行の写真をパソコンに整理し、
近所の写真屋さんでプリントを頼み、両方の実家に頼んだ。
そして、桜が咲く頃だし、新しい写真を撮ろうと思ってデジカメの電源を入れたら、
「ぶーーーーーー」
カナエの声ではない。カメラの音だ。
「ぶーーーーー」
画面には、「フォーカス・エラー」と出ている。
よく見ると、本当なら、電源が入っていないときには自動的に閉まるはずの、
レンズのキャップが開きっぱなし。
再生モードにはなるが、撮影モードにはならない。
電池を入れ替えてもダメ。

とうに保証期間は切れているので、近所のカメラやさんに修理を頼む。
なんでも、見積もりに2週間、修理にさらに2週間かかるそうな。
そして、修理費もけっこう高いそうで、
セールのデジカメ新品を買った方が安いかもしれないとか。

私のデジカメは、フジのファインピクス40である。
今もファインピクスのシリーズはよく売れているようだが、そのかなり初期の物。
といっても、買ってから5年くらいしかたっていない。
普通のカメラなら20年使うのは当たり前でしょう?

だいたい、データ保存のメディアがどんどん進化しているのも気に入らない。
10年前は、フロッピーディスクをカメラに直接入れていたはずだ!
私のカメラはスマートメディア。
当時は、画期的に小さくなったと驚いたものだ。
これより小さなものは出来ないだろうと思ったけど、どんどん小さくなってる。
確かに今、スマートメディアを使っているカメラは、まず見かけない。
でも、普通のフィルムは、もう50年くらい変わってないのでは?

電源を入れてから撮影できるまでの時間も、ちょっと長い。
でも、今さらカメラを買い換えて、パソコン内のソフトも入れ替えて?
あーめんどくさい。

高くても修理することにした。
携帯電話さえ、いまだに持ってない私だ。
もし、このカメラが修理不能だったり、次に壊れたときには、
ずーっと「うつるんです」を使ってやる。

お母さんも壊れた?

デジカメを修理に出した翌朝、妙に身体に力が入らない。
足腰が痛い。
育児疲れがたまったのか・・・?
と思っていたら、みるみるうちに熱が上がり、午後には39度近くになってしまった。
寒気や喉の痛み、鼻水、そういう症状はまるでない。
高熱と節々の痛みだけ。

またインフルエンザ? まさか?
と病院で調べてもらったら、インフルエンザ検査の結果はシロ。
ドクターも、「普通の風邪で、こんな高熱が出ることはない・・・」と不思議がり、
血液まで採られてしまった。
原因が分からないので、薬も、とりあえずの総合感冒薬と抗菌剤のみ。
そして、例によって、こんな時に限って夫は地方出張。

仕方がないので、またまた、おばあちゃん出動である。
カナエはおばあちゃんが大好きで、大はしゃぎ。
マンション近隣から苦情が出るのではと思うほどの、大きな声をあげて喜ぶ。
ほとんど超音波である。
(本物の超音波は、耳で聞こえない)
旅行から帰って以来、離乳食の食べが悪かったり、吐いたりしていたが、
すっかりそんな様子が消えて、よく食べ、よく出す。

熱は2日ほどで下がった。
その代わり、めまいと節々の痛みはひどい。
血液検査の結果は、「異常なし(熱が出ているので、炎症反応はある)」・・・
結局、「まあ、風邪薬で熱が下がったから、いっか」ということでおしまい。
発熱の原因は分からない。
めまいの原因は低血圧らしい。注射を打って帰宅。


吐く!

「うちの子は、吐かないし下痢もしないから、食べたものが全部身になってるみたいなの〜〜」
・・・と、いつも思っていた。
赤ちゃんの胃袋は、大人と違って、胃袋上部の「しまり」が悪い。
だから、吐きやすいのは、ある程度仕方ない。
病的に「しまり」が悪い場合は、新生児期に乳を噴水のように激しく吐いたりするそうだ。
カナエには、幸いそういうことはなかった。
乳を口の端からタラタラ吐くことはあったが、それは吐いたうちには入らない。

ところが、旅行から帰ってきてから、
離乳食をよく吐くようになった。
食べることは食べる。
ところが、食べている途中、もしくは食べ終わってから、
急に表情が硬くなり、「げ〜〜〜〜〜」と、せっかく食べた離乳食を全部戻してしまう。
結構な量を食べるようになっているので、
離乳食を戻す姿は、まるで古いホラー映画の「エクソシスト」のようだ。

離乳食の内容が、急にハードになったわけではない。
急いで食べ過ぎたかと思って、ゆっくり時間をかけて食べさせてみたが、
吐くときは吐く。
2日に1回くらいは吐いてしまう。
吐いたあとはスッキリ、ご機嫌だ。

吐いたものの内容は、本当にさっき食べた離乳食ばかり。
血のような物が混ざっているわけでも、続けて何度も吐いて脱水するわけでもない。
病的な物ではないようだけど、
これまで吐くことはほとんどなかったので、少し心配。
様子を見て、病院に行くか、9ヶ月検診で訊いてみるか・・・?


布団が吹っ飛んだら・・・

大変ながらも楽しい旅行でしたが、実は旅行中、ずっと私の心に暗い影を落としていた出来事がありました。
それは、行きの東京港へ向かう高速道路上、永福パーキングエリアの少し前。
夫が突然、「あああっ!!  布団、取り込むの忘れたあああっ!  しかも、クリップで留めてない!」
と、運転席で叫んだのでした。
私も、布団のことはすっかり忘れていた。
クリップで留めなかったのは、午前中だけ軽く干すつもりだったからです。

天気予報、東京地方は午後から雨。
風は強いらしい。  実際、旅行の前日までは、台風並みの大風が吹いていた。

布団を干したベランダには、一応屋根が付いている。
物干し竿は、住宅側(内側)を使ったそうだ。

どうする?  鍵を持っている、実家の母に取り込みを頼むか?
でも、そのために往復2時間以上かけて来てもらうの?
カナエ、留守なのに?

そのまま旅行を続けたが、ニュースで「品川区のビルの壁、強風で落ちる」とか、
「東京、週末の天気ぐずつく」とか聞くたびに、ドキドキした。
うちの布団は無事だろうか?
台風でも、ベランダに置いたサンダルは、吹っ飛ばなかった。(ベランダ内を移動してたけど)
軽いものだから大丈夫だったの?  重いものはかえって、風を強く受けて吹っ飛ぶ?
ベランダは柵ではなく、しっかりした壁で腰から下の高さを囲ってある。
風よけになってる?
布団が物干し竿から落ちるかしら。
落ちて、雨に濡れてどろどろになってたら、乾燥機にかける?
それでもダメなら、丸洗いに出す?
物干し竿から落ちずに、思いっきりブンブン振られて、その勢いで窓ガラスを叩き割っていたら?
うちのベランダから吹っ飛んで、外に落ちてたら?
うちの真下は、うどん屋さんの駐車場?  
ばっくれる・・・?

・・・・そんな風に、「最悪のシナリオ」をあれこれ考えてしまった。
夫に、「そんな可能性あるかしら?」と聞くと、「ないこともない・・・」と。
工学部を出た人にそんなことを言われると、ますます心配になってしまう。

  風速30メートルの風が東南方向から吹いているとき、
  二つ折りにされて、高さ1.3メートルの物干し竿にかけられている、
  重さ10キロ、幅1メートル長さ2メートルの布団は、
  どのように揺れ動くか計算しなさい。

なーんて問題は、入試に出ませんか?
・・・と聞くと、「出ねえよ、そんなもん!」と即答。
いかにも物理の問題集に出てそうじゃない?
しかし、実は風に関する計算は非常に難しいそうで、
この冬の、羽越線の列車が強風でひっくり返った事故も、事故状況の計算がまだ完結していないんだって。

帰宅したとき、一番に見たのがベランダの状況。
・・・布団は、無事に物干し竿に引っかかっていました。
二つ折りにした片方が、床ギリギリにくっついていましたが、とにかく落ちず、吹っ飛ばず・・・
ほこりを払うだけで大丈夫でした。
4日間干していたので、すごいフカフカに仕上がっている・・・

ああよかった。
マンションの掲示板に、「誰の布団ですか!!」と書かれてたら、どうしようかと思いました。
お出かけ前は、戸締まり・火の始末の他、ベランダも見ましょう。

はじめての旅行

はじめて、カナエを連れて、宿泊を伴う旅行をしました。
(除く、所沢の実家への帰省。あれは近いですから)

大胆にも、フェリーを利用し、走行距離400キロ!
詳しくは赤ちゃん連れでフェリーの旅


孫にメロメロ再び

実家の両親に、カナエの初節句の写真など送ったら、
急に会いたくなったそうで、両親揃ってうちに来た。
母はまあ月に数回来るが、父はめったに来ない。
本当は頻繁に孫に会いたいらしいが、「じじいは出張らないのが平和のモト」と思っているそうだ。

ここ数週間で、寝返りやお座りが上手になり、
明らかに知恵が付いてきている。
超音波のような声を上げて、カナエは上機嫌。
毎日24時間接している私では、とても出来ないような派手なあやし方をしてくれて、大喜び。
まったくふたりともメロメロだった。

大人だけでお昼ごはんを食べ、そばにカナエを「社長椅子」に座らせて置いたところ、
カナエは食事に興味を持ったらしく、手を食卓に伸ばし、よだれを垂らしている。
父は「何か食べさせるものはないのか?」と、まるで実家のネコがねだったときのような反応・・・
めったにオヤツはあげないのだけど、ヨーグルトを少し食べさせた。
その食べ方が可愛いと、また両親に喜ばれる。

カナエは、自分の名前が「カナエ」だと理解しているのだろうか?
母が、「カナエちゃん!」と呼んだら、一瞬動きを止めて母を見た。
そしてカナエは「バーバーバ!」と声を上げる。
もう母は大喜び。
「おりこうねえ! ちゃんと名前がわかってるし、ばあちゃんを呼んでくれたんだねえ!」

・・・・全て偶然のような気がする。
私が「カナエ! カナちゃん!」と呼んでも、反応しなかったもん・・・
それとも、実の母親のことは無視かい!?
お客様第一主義!?

The 赤ちゃん


「赤ちゃん」と言えば、左の写真のように、お座りしておもちゃを持って、
ニコニコご機嫌で(でもけっこうよく泣いて)、いろいろいたずらをしちゃう。
片言で話したり、ハイハイしたり・・・・

そんなイメージでした。
実際には、ニコニコするまで2ヶ月、お座りするまで半年以上かかるし、
ハイハイや片言はまだ先の話です。
つくづく、子育ては時間と手間のかかるもの。

こんな風に「お座りして遊ぶ」姿が見られるようになって、ようやく「赤ちゃん」になったなあと思います。
これまでは何だったのか?
「珍奇な生き物である・・・」と実家の父はいう。

「社長椅子」に座って、新聞記事のチェックをしている。
少子化対策関係の記事は、必ずスクラップ。

じゃなくて。
気を付けないと、カナエのそばで新聞を読んでると、取り上げられて、
私の意志と関係なくスクラップ(ビリビリに破る・・・)されます。


他の子と会話してる?

児童館に行ったり、保健センターの育児相談に行ったりしている。
すると、いろんな月齢の子が来ている。
児童館なら、大体同じくらいの月齢のことお母さんでまとまって、
一緒に遊ばせたり、今どんな具合ですか? なんて会話になる。
7〜8ヶ月だと、たまに崩れつつも一人で座れて、ハイハイできる子もいる。
使えるおもちゃも格段に増える。
そして、どうやら赤ちゃん同士で会話しているらしい?
お互いに、同じような声を出し合っているし、じっと見つめ合ったり肩をたたき合ったりしている。
赤ちゃんには、「赤ちゃん語」があるようだ。
そして、それは国際語でもあるらしい。
外国人家庭で、外国語で育てられているらしい赤ちゃんとも、同じように会話しているから。

身長74センチ、体重10.65キロ。
相変わらず、母子手帳の成長曲線は振り切っているが、
体重の増加具合が緩やかになってきた。
生後6ヶ月までは、毎月1キロずつ、コンスタントに増えていたのだが、
この2ヶ月で650gしかふえていない。
そして、身長はまたぐぐっと伸びていた。
寝返りやお座りをし出して運動量が増えたのか、若干「締まった」体つきになったような?

保健師さんに、「大柄だけど、バランスとして太っているわけではありません」と言われ、
栄養士さんに、「離乳食の進め方に、特に問題はないようです」と言われ、
カナエは気をよくしたのか、
しばらくムラ食いしていたのが落ち着き、しっかり離乳食を食べている。


Oくんのこと

1週間に1度は、新聞に「虐待により幼児死亡・親逮捕」などという記事が載る。
カナエより小さな子が、もう虐待されている事実に、気が滅入る。
こんな時、私はいつも、Oくんのことを思い出す。

Oくんは、小さいとき、両親と三人で近所に住んでいた。
1歳年上で男の子だが、近所には同じくらいの年齢の子がけっこういたので(私の兄弟を含む)
よく、一緒に遊んでいた。
女の子の友達とはままごとなど。 そして、男女混合の友達で外遊び。 そんな感じ。

幼稚園の年長組になったとき、Oくんはどこかへ引っ越していき、
私の家もまた、今の実家の場所に引っ越した。といっても同じ市内。
新しい家の近所にも、同じくらいの年齢の子が多かったので、また遊び仲間に恵まれた。

小学校3年生の時、Oくんが、実家裏のアパートに引っ越してきた。
再会を喜び、また一緒に遊ぶようになった。
Oくんのお母さんがいなくなっていた。
どういう事情があるのかは、何となく聞いてはいけないような気がした。

しかし、夜になると、Oくんの家から「バシ! バシ!」という音と、
Oくんの泣き声が響いてくるようになった。
多分、Oくんがお父さんに、何かで叩かれているんだ。
私は恐ろしくて、布団をかぶって時間を過ごした。
聞きながら泣いてしまうこともあった。

半年ぐらい経っただろうか。
その頃の私は、大人の新聞の社会面だけ読むようになっていた。
ときどき、「園児せっかん死」などという記事が載っていた。
Oくんの状態に似ているような気がした。
死なないだろうか、と心配になった。
当時はまだ、「虐待」という言葉は使われていなかったように思う。

そんなとき、Oくんを含めて数人で、Oくんのアパートの前で遊んでいたら、
Oくんの父親が帰ってきた。大きな人だ。
Oくんの表情が硬くなった。
父親は自慢げに、「Oをいつも叩いてやるんだ。竹刀で。肩10回だろ、尻20回だろ・・・」と、
私たちに向かって話す。恐ろしかった。
でも、「ひどい親ね!」とハッキリ言ってやった。
父親は首をすくめて家に入っていった。

私の両親も、Oくんの状況について話していた。
父は当時、教師だったが、「あの親は普通じゃない。うちの生徒にもこういう目に遭ってる子がいたんだ。
どうにかしてやれないか・・・」と、母に話していたのを覚えている。
しかし、間もなくOくんは引っ越していった。
ある朝突然、「ぼくんち、明日新潟に引っ越すんだ」といって、本当にその翌日からいなくなった。

数カ月経って、Oくんの住んでいた部屋に、男の子が引っ越してきた。
彼とは同じクラスになった。
驚いたことに、彼は書道の授業に、Oくんの名前が書いてある書道セットを持ってきた。
「その書道セット、どうしたの?」と聞いたら、
「家に置いてあった」と彼は答える。
荷物をそのままで引っ越したのか?  室内の片付けもせずに、次の人を入れたのか?
その書道セットを、そのまま持って来ちゃう彼も彼だけど・・・

とにかく、それきり、Oくんの消息は分からない。
あのアパートは、住人が次々に変わりつつも、そのままある。
大学生ぐらいになってから、
きっとOくんは、虐待されていたんだろう、(その頃からマスコミで「虐待」と言うようになったと思う)
もしかしてあの引っ越しは、夜逃げ同然だったのかもしれない・・・と考えるようになった。

今は、「虐待と疑わしいケース」であっても、近所の人や学校の担任などでも、
児童相談所に通報することが出来る。
当時はそういうことが出来なかった。どうしようもなかった。あのとき現職の教師だった父でさえ、手が出せなかった。
ましてまだ私は、9歳だった。

でも、Oくんのことを考える。
無事に大人になれたんだろうか。
進学したり、就職したり、家庭を持ったりできたんだろうか。
カタギの世界にいるだろうか。
生きているだろうか・・・

あのとき私が大人だったなら。
今の私が、当時のOくんの所へ行けたなら。